第1章 障害とは何か
第1章 障害とはなにか
保健管理センター 足立由美
- 障害の意味と理解
- 障害のある学生に接するときの基本姿勢
- 多様な障害と多彩な障害者
- 障害が及ぼす性格への影響
- 障害が及ぼす心理的影響を理解するために
- コミュニケーションの問題への配慮
- 障害のある学生への保健管理センターの支援
- 最後に(カウンセラーとして)
- 引用文献、参考資料
障害とは、個人の精神、身体における一定の機能が、比較的恒久的に低下している状態を言います。障害の概念は、私たちの意識とその時々の社会情勢とともに変化しています。(引用文献2、5、参考資料2、3)。
世界保健機構(WHO)が1980年に発表した「国際障害分類」(International Classification of Impairments, Disabilities and Handicaps ;ICIDH)は、障害を次の3つのレベルでとらえています。(図1)。ICIDHのモデルは、疾患・変調が原因となって機能・形態障害が起こり、それから能力障害が生じ、それが社会的不利を起こすという物でした。
- 機能・形態障害(Impairment):生理的レベルでとらえた障害
- 能力障害(Disability) :個人レベルでとらえた障害
- 社会的不利(Handicap) :社会的レベルでとらえた障害
(図1)ICIDH:WHO国際障害分類(1980)の障害構造モデル
このモデルは障害を機能・形態障害, 能力障害, 社会的不利の三つのレベルに分けてとらえるという,「障害の階層性」を示した点で画期的なものです。しかし, いろいろな批判もありました。そのひとつは「障害の主観的側面」の必要性です。ICIDHの障害構造モデルは「客観的な障害」しか扱っていないものであり, それと同等に重要な「主観的な障害(体験としての障害)」, すなわち障害のある人の心の中に存在する悩み・苦しみ・絶望感(同時にそれらを克服するために生まれてくるプラスの心の働きである心理的コーピング・スキル)を付け加える必要があるというものでした。もうひとつは「プラスの側面」を重視する必要性です。ICIDHは「障害の分類」として, 当然のことながら障害というマイナス面を中心にみるものですが, 障害者とは障害というマイナスしかもたない存在ではなく, 健常な機能・能力というプラスをもち, 社会的不利だけでなく社会的な有利さをも備えている存在であるということ, リハビリテーションとはマイナスを減らすことだけではなく, むしろプラスを増やす(潜在的な能力を開発・発展させる)ことで大きな成果を上げることができるということが主張されました。
そのような批判を受けてWHOが2001年に発表したのが,「生活機能・障害・健康の国際分類」(International Classification of Functioning, Disability and Health:ICF)です(図2 )。障害を三つのレベルで把握しようとする点はICIDHと変わりませんが, マイナスよりもプラスを重視する立場からプラスの用語を用いることとなり, 機能障害でなく「心身機能・構造」, 能力障害でなく「活動」, 社会的不利でなく「参加」となりました。これらが障害された状態はそれぞれ「機能・構造障害」,「活動制限」,「参加制約」となります。そして, 障害は本人の問題ととらえられていたものを, 環境によって社会的不利が作られるという批判のもとに, 環境因子と個人因子を「背景因子」として, 生活機能と障害に影響する因子として取り上げ, 新たに詳しい「環境因子」分類が加えられた点は大きな変化といえます。健康状態と生活機能の3 レベルとの関係は, すべて両方向の矢印でつないだ相互作用モデルとなりました。
DR 。
- 機能・形態障害(Impairment)→心身機能・構造(Body Functions & Structure)
- 能力障害(Disability) →活動(Activity)
- 社会的不利(Handicap) →参加(Participation)
(図2)ICF:国際生活機能分類(2001)の生活機能構造モデル
ICFはICIDHを継承するものですが, 障害のみの分類ではなくなり, 生活機能と障害の分類となりました。つまりあらゆる人間を対象として, その生活と人生のすべて(プラスとマイナス)を分類・記載・評価するものとなりました。
2.障害のある学生に接するときの基本姿勢
人間は何らかの障害をもって生まれることがあります。また, 人生の途中で障害を負ったり, さらにその障害が進行していくという場合もあります。このことを考える際, 特に強調しておかなければならない点は,「人間はそれぞれ個性をもって生まれ, 個性をもって生きている」ということです。本書のようなサポートブックがあると,「聴覚障害の学生にはこうすればいい」というように,「障害」への「対処」だけを読み取ろうとすることが起こりえます。しかし, 「障害」ではなく「障害のある人」「障害のある学生」にどう「対応」していこうとするかが大切であることを忘れてはならないと思います。本書にはその基本知識や基本姿勢しか書かれていません。ひとりひとりへの対応に迷われたときは, 保健管理センターにご相談ください。
3.多様な障害と多彩な障害者
障害は大きく分けて, 身体障害, 知的障害, 精神障害の 3つがあります。ここでは, 本学のこれまでの支援実績に即して, 身体障害の中でも感覚障害を中心にご紹介します(引用文献 2, 参考資料 1 )。
(1) 感覚障害
感覚器官の機能に障害がある場合をいいます。人は感覚を通して知覚世界, 認識の正解を構成しているため, 障害のある部分だけでなく, 生活上のさまざまなところに影響が及びます。
ア 視覚障害
視覚障害は大別すると「視力障害」「視野障害」「色覚障害」の 3つに分けることができます。これらが重複することも多く, 見えにくさには大きな個人差があります。
視力に機能障害があると, 明暗, 色の識別, 物の形の把握などに困難が生じます。光もまったく感じることができない場合を全盲といい, 拡大などの配慮があると活字が読める場合は弱視といいます。
視野に機能障害があると, 立体感や奥行き, 遠近感が把握しにくいという困難が生じます。視野が狭くなる場合を狭窄といい, 視野の中に島のように見えない部分ができるものを暗点といいます。
色覚障害は, ある色とある色の組み合わせが判別できない, または判別しにくいことをいいます。日本人の1 割以上の人が何らかの色覚障害を持っていると言われています。最も多いのが, 赤と緑に関係する色で混同が起きる色覚障害です。
イ 聴覚障害
聴覚障害は聴覚感度の低下を示す聴力障害を指すことがほとんどです。生まれたときからまったく聞こえない場合を聾といい, いくらか聞こえる場合は難聴といいます。伝音障害の場合は補聴器によって聞こえが改善されますが, 感音障害の場合はあまり改善されないと言われています。聞こえないことによってうまく発音できない場合は聾唖といいます。言語獲得後, 聴力を失調した場合を中途失聴といいます。
(2) 運動障害
身体運動の機能に障害がある場合をいいます。
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肢体不自由とは四肢または体幹の障害をいいます。四肢(上肢: 肩関節から手指までの部分, 下肢: 股関節から足指までの部分)の機能に障害があると, 身体を移動させたり, 物を操作したりすることに不自由が生じます。体幹(身体の上半身の中心部, 頸部から脊椎)の機能に障害があると, 姿勢を保つことが難しくなります。
(3) 言語障害
聞くこと, 話すことなど言語の機能に障害がある場合をいいます。
発音が不明瞭だったり他の音に置き換わったりして言っていることが聞き取りにくい障害を構音障害といいます。
言語獲得後に言語機能を統括する領域が侵された結果, 言いたいことが言葉で表現できない, 聞こえていても意味がわからないといったコミュニケーションの障害を失語症といいます。
(4) 内部障害
身体障害のうち, 主として内臓の機能障害を内部障害といいます。心臓, 腎臓, 呼吸器および膀胱・直腸の機能障害をさします。内臓の慢性疾患によるものが多く, 進行性の疾患である場合も多くあります。そのため医療を長期にわたって受ける必要があり, 運動, 食事, 水分摂取などに制限が加えられ, 不自由な生活を余儀なくされます。
(5) 精神障害
医療の対象としての精神疾患を含み, ある程度以上の精神的偏りがある場合をいいます。障害がそれぞれ独立して存在し, かつ相互に影響するなど, 身体障害とは異なる障害の構造があります。
(6) 知的障害
先天的な問題, 発達期中( 一般的には 18歳以下)の頭部外傷や病気などによって生じた知的発達の遅れをいいます。その後の学習や社会適応に障害が生じます。
(7) 発達障害
何らかの生物学的な要因があって, 発達の遅れや偏りが生じた状態をいいます。家庭環境や養育環境・態度など心理的な要因で正常に発達しなかったというものではありません。広汎性発達障害(自閉症, アスペルガー症候群), 学習障害, 注意欠陥多動性障害(ADHD)などがあります。
4.障害が及ぼす性格への影響
障害のある人は社会性が乏しいとか, 自己中心的であると言われることがあります( 引用文献 3 )。しかし, 早期に障害を負った場合, 障害別に盲聾学校や養護学校という限られた社会で過ごす人が多いのです。限られた社会経験のなかで社会性が発達しないのはある意味当然だと思われます。また,障害のある人は依存的で引っ込み思案であると言われることがあります。しかし,介助を必要としている人は介助してくれる人に依存的にならざるを得ません。
障害のある人に特有の性格があるわけではありません。障害のある人が置かれた環境が性格形成に影響するのです。成長の過程で身近な人たちが障害をどのように受け止めるか,社会が障害をもつ人をどのように受け止めるかという周囲の価値観や環境によって,表に現れる性格が形成されていきます。
5.障害が及ぼす心理的影響を理解するために
ここでは,視覚障害,聴覚障害,運動障害について,早期に障害を負った場合と人生半ばで障害を負った場合に分けて心理面の説明をします( 引用文献 2 )。
(1) 視覚障害
生まれながらにして障害のある人は,他の感覚器官を通して世界を認識して成長していきます。その過程で,他の人は自分と違う世界を認識していることに気づき, 自分の障害を意識し,自分だけが他の人と違うと感じるようになります。目が見えないという障害そのものに悩む前に,他人と違う自分をどう考えたらよいのかと戸惑います。
一方,人生の途中で障害を負った人は,見えていた状態から見えない状態になることそのものが非常に大きな打撃となります。まさに自分の人生が真っ暗になってしまうことであり,見えなくなった自分に適応することは非常に大変なことです。
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(2) 聴覚障害
言葉を獲得する前に障害を負った人は,目の前で展開されている事柄を見ることはできるけれども,その意味がわからないで成長します。自分だけが世の中から放り出されている感じを心に抱き,不安感と疎外感を感じます。
一方,言語を獲得した後に障害を負った人は,コミュニケーションの基本部分を奪われることになり,非常に大きな苦しみを感じることになります。不安感や孤独感が増すと,ときには被害感をもつようになることもあります。
(3) 運動障害
幼少期から障害のある人は,一番基本的で自分自身でしたいことが自分でできず, 身の回りのことをするのに他人の手を借りなければなりません。他人の顔色を伺ったり,あきらめたり,我慢したりすることが多くなり,大きな葛藤や欲求不満を抱えています。
一方,事故や病気で中途障害になった場合は,今までできていたことができなくなるため心理的打撃が大きく,これから先の自分の人生に絶望することが少なくありません。障害を受け止め,これから自分に起こるさらなる不自由に向き合っていく必要があります。
6.コミュニケーションの問題への配慮
ここでは,視覚障害,聴覚障害,運動障害について,障害にともなうコミュニケーションの問題を説明し,授業での配慮について記載します(引用文献 4)。
(1) 視覚障害
人と人とのコミュニケーションは言語による情報の共有が中心であるため,視覚障害の学生は日常のコミュニケーションでの不利が目立ちません。しかし,人間の感覚細胞は 70%以上が視覚の細胞に集中しており,視覚に障害があるということは外界からの情報が非常に制限されているということを心に留めておく必要があります。文字の理解と表現に困難がありますので,どのようなものが理解の助けになるか,本人に尋ねてみてください。また,表情,身振りといった視覚的な情報に頼りすぎない授業をしてください。
(2) 聴覚障害
音声の受信・発信に制限のある聴覚障害の学生は日常のコミュニケーションに強いストレスを感じます。ディスカッションやプレゼンテーションを行う授業では, 学生の負担が少しでも減る方法を考えてあげるのがよいでしょう。障害の程度の重い学生は読唇術を身につけて相手の言葉を理解することがありますので,少し意識して口を動かしてください。
(3) 運動障害
運動のまひがあると筆記に困難が生じたり,筋肉の障害が進行すると発声に困難が生じたりすることがあります。相手からのメッセージを理解する能力はあるのに自分から表現することに困難があるというアンバランスが,運動障害の学生の特徴です。その結果,コミュニケーションにおいて受身になりやすいので,学生に発言の場を与えるなど配慮をしてください。
7.障害のある学生への保健管理センターの支援
保健管理センターでは全学生を対象に健康管理・学生生活支援を行っています。2006年に障害者自立支援法が施行されましたが(引用文献 3),障害のある学生を特別視するのではなく,ひとりひとり自立した学生としてみなと同じサービスを提供する上で, いくつかの配慮もしています。
(1) 出願前の相談に対する体制
学部入学試験,編入学試験,大学院入学試験,専攻科・別科入学試験において, 志望学部等から必要に応じて保健管理センターに照会があります。受験生の障害の程度,内容について医学的見地から検討し,当該学部で修学が可能であるかどうか, 修学可能であればどのような特別な配慮が必要かを当該学部に回答しています。
(2) 入学試験時の支援体制
障害のある受験生については,保健管理センターに連絡があります。医療スタッフはひとりひとりの障害の内容と程度を把握し,対応を考えて待機しています。
(3) 入学決定後の支援体制
障害学生支援委員会からの照会があれば,医学的見地から学生の支援方法について助言をしています。
新入生の定期健康診断において,学生ひとりひとりに声かけをしています。特に障害のある学生に対しては,医師による呼び出し面接を行い,身体的な困難について確認・助言をしています。2007年度からは心理カウンセラーも面接を行い,障害のあることで二次的な問題を抱えることのないよう,心理面のサポートもしていく予定です。
2007年度から定期健康診断時に健康関連QOL尺度を健康調査として実施します。これによって,障害のある学生が日常生活においてどの程度困難を感じているかを, 心身両面から把握することができます。保健管理センターでは,学生の大学生活を心身両面からサポートします。
(4) 大学生活におけるサポートの例
- 障害のある学生が体調が悪くて病院へ行きたいとき,医師が紹介状に詳しい説明を書いて,本人に渡しています。
- 障害のある学生がセンターを利用する際,看護師がメールで対応し,サポートしています。
8.最後に(カウンセラーとして)
保健管理センターでは,カウンセラーが学生だけでなく教職員の相談にも対応しています。障害のある学生にどう接したらよいのか,障害のある学生が授業を履修していた場合どのような授業をしていけばよいのかなど,悩まれたときは他の教員や保健管理センターにご相談ください。以下に教室の中でできるカウンセリング・マインド(引用文献 1)のいくつかをご紹介します。障害のある学生に接するときに役立つ考え方になるのではないかと思います。
(1) 個性を殺さない教育
集団と違う行動をする学生,違う特徴をもつ学生を授業から排除しようとすることをやめる。
(2) 完璧主義にはまらない
なにかが欠けているのはよくないという発想,全体を完璧に管理しようという発想をやめる。
(3) BeingとDoing
世の中では何かを「する」ことの方が大切にされるし,目立つが,「ある」ということで大切なものもある。たとえば障害のある学生を少しでも「ふつう」に近づけようとしなくても,彼らは「いる」だけで教室にいる学生に影響を与えている。
(4) 「なおす」のでなく「育てる」
学生に接するとき,一番イメージとして近いのは種をまいて花を育てる時の感じである。無理に引っ張って伸ばそうとしても逆に枯れてしまう。教員や周りの人ができることは周りの土をきれいにする,水をあげるとかあげすぎないというような配慮である。「種」そのものの持つ力を信じて「待つ」「見守る」という姿勢が大切である。
引用文献、参考資料
引用文献
- 桑原知子 2000 教室で生かすカウンセリング・マインド 日本評論社
- 仲村正巳・林俊和・白石雅一編集 2006 改訂 新・障害者の心理 株式会社みらい
- 杉本健郎・二木康之・福本良之 2006 障害医学への招待 株式会社かもがわ出版
- 橘英彌編著 2001 障害児教育に生かす心理学 朱鷺書房
- 谷口明弘 2005 障害をもつ人たちの自立生活とケアマネジメント ミネルヴァ書房
参考資料
- 独立行政法人国立特殊教育総合研究所 2005
発達障害のある学生支援ガイドブック−確かな学びと充実した生活をめざして− ジアース教育新社 - 厚生労働省ホームページ
- (財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2002年 6月号(第22巻 通巻251号)PP8-29.
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